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前十字靭帯断裂

概要

前十字靭帯断裂は、犬における後肢跛行(足を引きずる)の原因の中で最も発生頻度の高い病気です。好発犬種として、ニューファンドランド、ロットワイラー、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー、ヨークシャ・テリアなどが報告されています。経験的にはトイプードル、ポメラニアン、チワワ、パピヨンなどの小型犬種、コーギー、ボーダーコリー、バーニーズ・マウンテンドッグなどでもよく遭遇します。年齢、品種、性別などに関係なく発生しますが、特に5歳以上の中齢以降で罹患しやすい病気です。
前十字靭帯は、肉眼的には1つに見えますが、拡大すると頭内側帯と尾外側帯の2つで構成されています。前十字靭帯の主な機能は、脛骨の内旋防止、大腿骨に対する脛骨の前方変位の防止、膝の過伸展の防止です。前十字靭帯断裂は、一部分だけ断裂している状態でまだ正常な靭帯が残っている「部分断裂」と、完全に靭帯が切れてしまい正常な靭帯が残っていない「完全断裂」に分けられます。前十字靭帯が完全に断裂すると、歩くたびに脛骨が頭側へずれ、脛骨の過度の内旋(内側に向くこと)が生じ膝の安定性が失われます。そのために、関節炎や半月板損傷が起こり、変形性関節症などの二次的な関節の機能的変化を引き起こします。前十字靭帯が断裂した症例の44-70%が半月板の損傷を起こすと報告されています。
前十字靱帯断裂を起こした犬の30-40%が対側肢の靭帯も2年以内に断裂すると言われています。また、前十字靭帯断裂と診断された犬の約60%で、診断時もしくはその後に対側肢の前十字靭帯の断裂が認められたという報告もあります。

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前十字靭帯断裂の原因

ほとんどは非外傷性です。様々な原因が考えられていますが、これといった原因が特定されているわけではありません。現在のところ、慢性的な前十字靭帯の変性により断裂すると考えられています。外傷性は稀に起こり、そのほとんどは1歳未満の若齢犬で起こります。肥満、ホルモン性疾患、ステロイドの投与により、罹患しやすくなると言われています。

前十字靭帯断裂の症状

部分断裂では、足を引きずる、ケンケンをする、などの症状がでます。3−7日くらい安静にしていると症状が治まることも多いです。完全断裂では、足を引きずる、足を上げる、ケンケンをするなどの症状がでます。完全断裂の場合、症状が治まることは少なく(特に大型犬)、そのまま放置しておくと変形性関節症が起こり、関節が不可逆的に変形してきます。

前十字靭帯断裂の診断方法

症状、歩様検査、視診、触診、X線検査、関節液細胞診検査などを行い総合的に評価し、診断します。下図はレントゲン写真です。左が正常な膝関節、右が前十字靱帯断裂の膝関節です。正常と比べて前十字靭帯断裂の膝関節では、脛骨が前方へ変位(緑線と黄色線の間が空いている)しており、膝関節内に関節液の増量像(赤矢印、ファットパッドサイン)が認められます。

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前十字靭帯断裂の治療方法

内科療法(保存療法)と外科療法があります。

内科療法(保存療法)

運動制限を1ヶ月ほど行います。その他にNSAIDs(痛み止め)、カルトロフェン・ベット(関節炎の治療薬)、サプリメントなどを使用します。生活環境の改善も重要です。太り気味の症例ではダイエットも行います。内科療法は、小型犬の部分断裂の場合は効果があることが多いですが、大型犬や完全断裂の場合は効果が期待できないことが多いです。また、一度切れてしまった靭帯は再生することはありません。例え症状が消失しても膝の不安定性が改善するわけではないため、関節の変形は手術と比較して進行してしまします。

外科療法

外科療法には、関節外制動術(関節外法)、TPLO(脛骨高平部水平化骨切り術)、TTA(脛骨粗面前進化術)、CBLO(脛骨高平部水平化骨切り術)などがあります。

現在、主に行われている手術の中で、一番古くから行われているのが外科療法です。人工の靭帯もしくは自家組織を、大腿骨と脛骨に固定することで、脛骨の前方変位と脛骨の内旋を制動することを目的にしている手術です。人工の靭帯や自家組織は、時間の経過とともに緩んだり、切れたり、消失したりしますが、それまでの間に膝周囲の線維化が起こることで膝が安定化していきます。TPLOに比べると術後に膝関節の不安定性が残ってしまうことが多く、特に大型犬では、その不安定性のために術後再び症状(足を引きずるなど)が出てしまったり、変形性関節症が進行してしまったりすることがあります。

TPLO(脛骨高平部水平化骨切り術)

TPLOは、脛骨近位に骨切りを行い尾側方向に回転させることで、脛骨高平部の傾斜を水平に矯正する手術です。右図のレントゲンの水色の線が脛骨高平部です。脛骨高平部の角度をTPAと言います。犬や猫の脛骨高平部は、右図のように後ろに傾斜しています。TPAは15-35°くらいが多いです。その傾斜の上に大腿骨がのっている状態で犬や猫は歩いています。例えると、右図のように坂道(脛骨高平部)にボール(大腿骨)が乗っている状態になっています。そのため、足を地面に着くたびにボール(大腿骨)が尾側(犬の後ろ)に移動しようとする力が働いています。ボール(大腿骨)が後ろに移動しないように引っ張る働きを持っているのが、前十字靭帯です。

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TPLOは、脛骨を半円形に切って水色の矢印分、後ろにズラすことで、脛骨高平部を水平(TPAを0-5°)に矯正する手術です。右図のように、坂道(脛骨高平部)が水平になれば、ボール(大腿骨)は尾側に移動しないようになります。

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切った脛骨は、プレートとスクリューで固定します。3ヶ月ほどで骨は癒合するため、それまでは運動制限を行います。骨の癒合が認められれば、運動制限は解除になります。運動制限解除後は、走ったり、ジャンプしたり、飛び降りたり、どんな運動をしていただいても特に問題はありません。

10%くらいの確率で様々な合併症(手術における不都合な出来事)が起こると報告されています。合併症には、プレートやスクリューなどのインプラントの破損やルースニング、癒合遅延、癒合不全、細菌感染、脛骨粗面の骨折、腓骨の骨折、半月板の損傷などがあります。また、手術時には剃毛を行うため、術後に毛の色が変わったり、薄くなったり、毛が生えてこなかったりすることがあります。重大な合併症が起こった場合、再手術が必要になります。最悪の場合、関節固定や断脚などが必要になることもあります。

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関節外制動術(関節外法)

現在、主に行われている手術の中で、一番古くから行われている外科療法です。人工の靭帯もしくは自家組織を、大腿骨と脛骨に固定することで、脛骨の前方変位と脛骨の内旋を制動することを目的にしている手術です。人工の靭帯や自家組織は、時間の経過とともに緩んだり、切れたり、消失したりしますが、それまでの間に膝周囲の線維化が起こることで膝が安定化していきます。TPLOに比べると術後に膝関節の不安定性が残ってしまうことが多く、特に大型犬では、その不安定性のために術後再び症状(足を引きずるなど)が出てしまったり、変形性関節症が進行してしまったりすることがあります。

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合併症

インプラントの破損やルースニング

スクリューやプレートが折れたり、抜けてきたりすることがあります。

癒合遅延

骨は通常3-4ヶ月で癒合します。骨が癒合するのにそれ以上の時間がかかっている場合のことをいいます。

癒合不全

骨がまったく癒合してきていない状態のこと。癒合不全になると再手術が必要になります。最悪の場合は、断脚(足を切断すること)が必要になることもあります。

細菌感染

細菌感染が起こると骨の癒合が遅れたり、スクリューが緩んできたりすることがあります。最悪の場合、骨融解(骨密度が低下)が起こることがあります。

脛骨粗面の骨折

脛骨の骨切りを行っているため、術後に過剰に手術部位に負荷がかかると、脛骨の骨折が起こる可能性があります。

腓骨の骨折

脛骨を尾側方向に回転させるため、腓骨に負荷がかかり骨折します。5%ほどの確率で起こると報告されています。腓骨の骨折は、他の合併症が起こっていなければ、通常は自然と治癒していきます。

半月板の損傷

術前に半月板損傷がみられない場合でも、術後に半月板損傷が起こることがあります。

TPLOの他にTTAやCBLOなども手術法としてはありますが、現在のところ前十字靭帯の外科療法で一番術後の成績がいいと言われているのはTPLOのため、当院ではTPLOを主に行っています。

術後管理

骨が癒合するまでは、基本的にはケージで安静にして下さい。ゆっくり歩くことは大丈夫ですが、走る、ジャンプ、飛び降りる、飛び乗る、階段を上り下りなどは控えて下さい。術後1−2週くらいで足先の着地がみられるようになります。術後1ヶ月ほどで肉球全体で着地できるようになり、骨が癒合する3ヶ月ほどで跛行(足を引きずる)が見られなくなります。術後はレントゲンを撮影し、経過をみていきます。通常は、術後1週、2週、4週、8週、12週くらいの間隔で検査を行います。
術後に合併症がおこると、絶えず患肢を挙上(地面に足をつけなくなる)するようになります。起立時に少しだけ挙上することは問題ないことがほとんどです。気になることがありましたら、すぐに当院までご連絡下さい。

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